へレディタリー/継承

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イントロダクション

2018年、ホラー映画は新時代に突入した。本年度アカデミー賞で、ジェイソン・ブラム製作のソーシャル・ホラー『ゲット・アウト』が脚本賞を受賞し、ホラー要素を持つギレルモ・デル・トロ監督のロマンティック・ダークファンタジー『シェイプ・オブ・ウォーター』が作品賞・監督賞ほか4部門を受賞したのだ。そんなホラー躍進の一年を予見するかのように、真冬のユタ州で1月に開催されるサンダンス映画祭を一本のホラー映画が席巻した。「近年最も恐ろしいホラー」と絶賛され、大きな話題を呼んだ『ヘレディタリー/継承』だ。製作と全米配給は、3年前のサンダンス映画祭で監督賞を受賞、北米の劇場公開でヒットを記録したアニャ・テイラー=ジョイ主演の魔女ホラー『ウィッチ』を配給したA24だ。その後、本作は6月にアメリカをはじめ世界各国で公開され、現時点での世界興行収入は7900万ドルと、『レディ・バード』を抜いてA24史上最高の大ヒットとなった。本サイトでは多くの謎を含む、中毒性の高いこの傑作ホラーを徹底的に完全ネタバレ解析。映画を未見の方は、閲覧をご遠慮ください!!

小林真里(映画評論家/映画監督)

隠された謎

1.タイトルが持つ意味
あまり馴染みのない「Hereditary」という言葉だが、「遺伝的な」「先祖代々の」「世襲の(親譲りの)」という意味がある。このタイトルは、本作の諸悪の根源である悪魔(ペイモン)崇拝者、王妃(クイーン)リーの「血筋」という意味。リーが崇拝するペイモンが求めるのは、クイーン・リーの「血筋」の男性であることが劇中明らかになる。そのため、リーの血を継承したグラハム家の長男ピーターが狙われるのだ。
2.ペイモンとチャーリー
アリ・アスター監督のVarietyのインタビューによると「チャーリーが生まれたときから、ペイモンは彼女の中に存在した」という。劇中、トニ・コレット演じるアニーがチャーリーに話す「あなたは赤ちゃんの時も泣かなかった。生まれたときでさえ」という発言がこれを裏付けている。だが、チャーリーは男性じゃないためペイモンが肉体に宿ることはできない。そのため彼女は用済みとなり、命を落とす。劇中、悪魔的でアウトサイダーなチャーリーの行動として、鳥の死体をハサミで首チョンパするシーンがある。これはミヒャエル・ハネケ監督『白いリボン』の同様のシーンを彷彿とさせられるが、本作の監督アリ・アスターはハネケのファンであることを公言している。
3.なぜ生後からピーターに狙いを定めなかったのか?
アニーが語るように、ピーターが生まれた頃、エレンがみんなを操ろうとするので不干渉ルールを決め息子を母に近づけないようにしていた。そのためエレンは手を出せなかったというのが真相。その後、アニーはチャーリーが生まれたあと彼女をエレンに差し出したが、チャーリーが述懐するように、エレンはチャーリーに「男の子になって欲しい」と告げていた。
4.なぜ父親ではいけないのか?
ペイモンのホスト(宿主)は男性でいいなら、ガブリエル・バーン演じるセラピストの父親スティーブではダメなのか? と思うかもしれないが、スティーブはエレンの娘婿であり、「血筋」ではないため、この役目は務まらないということだろう。エレンは過去に、ペイモンを召喚するため自分の血を引くアニーの兄チャールズを利用しようとしたが、失敗した。彼は母エレンの自室で16歳のときに首吊り自殺をしたのだ。「母さんは僕の中になにかを招き入れようとした」という遺書を残し。
5.チャーリーの事故
病院に急ぐ車の窓から顔を出し、電柱にぶつかって悲惨な最期を迎えるチャーリー。あれは本当に事故だったのか? 答えは「ノー」。あの事故は、ペイモンを解放するためにペイモンを崇拝する信者がかけた呪いだったのだ。気がついただろうか?チャーリーが衝突する電柱には、実はペイモンの紋章が刻印されていたのだ。後に、リーもアニーも首を切られたことから、グラハム家の女性は全員首を切られなくてはいけない運命だったのである。ペイモンに差し出すために。
6.ペイモン
ペイモンは『ヘレディタリー』のために創作された架空のオリジナル・キャラクターではなく、1700年代のヨーロッパの伝承に登場する悪魔。魔術書「レメゲトン(Lesser Key of Solomon)」や、ヨハン・ヴァイヤーの「悪魔の偽王国(Pseudomonarchia Daemonum」などに登場する。地獄の階層ランクでは高位に位置し、王や公爵の地位にあたる。この世に現れるときは王冠をかぶって登場するという。このゴージャスなイメージも、エレンたち信者がペイモンを崇拝する理由の一つだろう。
7.ミニチュア
グラハム家の面々と同じく本作の重要なキャラクターといえる、「ミニチュア」と「家」。アニーはジオラマ・アーティストで、グラハム一家の日常や自身のトラウマ的な出来事を基にした精巧なミニチュア制作を行なっている(終末医療や幼稚園など)。これらの作品には彼女の繊細な精神状態も反映されており、エレンの死後、その作品は次第にダークな色合いを帯びてくる。チャーリーの事故現場を再現した作品が顕著な例だ。また、このミニチュアは、ミニチュアの家の中の家族のように、グラハム一家が外部の力によって、ジョーンらカルトに糸を引いて操られていることのメタファーだと解釈できる。
8.家
映画の主要な舞台となる一家が住む家と、家の内部(一階、二階、屋根裏部屋など)、庭のハウスツリーは撮影のため一から作り上げたという。その理由は、Bloody Disgusting.comのインタビューでの監督の発言によると「そうすることで、10mmや15mmのレンズを使わなくても、自在に壁を外してワイド・ショットが撮れるから。もう一つの理由は、廊下や戸口を広くしてドリー(カメラ用の台車)を動かすため。できる限り(連続した)ショットを長く撮影したかった」からだという。アスター監督は「ドールハウスのような美を追求するため」家の映像にも徹底的にこだわったのだ。
9.裸の人々
ラストの不気味な裸の信者の皆さんの姿を見て「うわ、『イット・フォローズ』みたい」と思った人もいるだろうが、生まれたままの姿(英語でBirthday Suit)はオカルト的見地からも最高のスタイル。衣服は魔法的なエネルギーの流れを体に通す時に妨げになると信じられている。ペイモンに対面するときの正装がまさに「裸」ということなのだろう。
10.チャーリーの部屋の壁に書かれた不気味な文字
ペイモンをこの世に召喚するために、おそらくリーが書いた魔法の呪文。サイトSignal Horizonの調査によると「サトニー(Satony)」は「死者とコミュニケーションを取るために使われた言葉」で、「ザサス(Zasas)」は著名なイギリス人オカルティスト、アレイスター・クロウリーが悪魔コロンゾン(Choronzon)を呼び出すときに使用した言葉。「Liftoach Pandemonium」は、古代ヘブライ語の「開く」という意味の言葉「Liftoach」と、ルシファーがいる悪魔の巣窟や地獄を意味する「Pandemonium」を組み合わせた言葉。
11.ミステリアスな光
リーの葬儀中の教会や、チャーリーの校内などいたるところで目にする謎の光。劇中、この光の謎が説明されることはないが、これはペイモンとグラハム一家を結ぶ、ペイモンが発するエネルギー(のようなもの)だと推測できる。
12.ネックレスの紋章
これはもちろん、ペイモンの紋章。オカルトを徹底的に研究したというアスター監督は、わかりやすい明確なシンボルを避けるために「ペンタグラム(五芒星)や逆さ十字架ではない象徴学とはなにか?」を考えたという。その結果採用されたのが、この悪魔崇拝的なシンボルだ。
13.交霊会
ジョーンの家で見せられた交霊会を体験し、死んだチャーリーに会えると信じたアニーは、自宅で深夜に交霊会を行う。スティーブとピーター同席で。しかしこれはジョーンの罠で、この一家の交霊会でチャーリーの肉体から解放されたペイモンをまんまと召喚してしまう。
14.ピーターの死、ペイモンの降臨
学校の校庭で一人でランチをしているピーター。すると道の向こう側からジョーンが叫んでいる。「お前に呪文をかける。肉体から出ていけ!」。その後、授業中に突然机に激しく頭を打ちつけ畏怖するピーターは、徐々に正気と魂を失っていく。そしてラスト、別人へと豹変した母親を見て自宅の窓から飛び降りたピーターの体から黒い魂が抜け出し、謎の光が体内に入っていく。これがペイモンの魂だろう。
15.ひれ伏す二つの首なし死体
一つは何者か(もちろんペイモン信者だ)に掘り起こされ、墓地から運び出されたエレンの死体。もう一つは、屋根裏部屋の扉に頭を繰り返し打ちつけた後、自ら糸でギーコギーコと首を切り落としたアニーの死体だ。
16.『ヘレディタリー』への継承
今年3月のテキサス、SXSW映画祭の満席の深夜上映で筆者が本作を鑑賞した時、『ローズマリーの赤ちゃん』や『悪魔の追跡』、『キャリー』などを思い出した。これら以外にインスピレーションを受けた作品として、監督が上映後のQ&Aで挙げたのはケン・ローチ監督の諸作、マイク・リー監督の『秘密と嘘』と『人生は、時々晴れ』(アスターいわく「多分僕の一番好きな監督」)、トッド・フィールド監督『イン・ザ・ベッドルーム』、イングマール・ベルイマン『叫びとささやき』、ニコラス・ローグ監督『赤い影』、アン・リー監督『アイス・ストーム』、『普通の人々』、さらに日本の古典ホラー『雨月物語』や『鬼婆』など。このセンス、ただのシネフィルではない。アスター監督は、Time Outのインタビューで「撮影中、クルーに言ったんだ。この映画はホラーではなく、恐怖に震える悪夢的な家族の悲劇の物語だって」と語っているが、それが本作がじっくりと丁寧に描かれたドラマ性の高いホラーである理由だろう。

隠された謎を踏まえて、ぜひ映画館でもう一度『ヘレディタリー/継承』をご鑑賞ください。